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拷問男たる洋画を観てみた結果

血を争えない残虐性が自分の中に持ち合わせているんだということを認識した主人公デレクの姿が痛ましい…

序盤はデレクという子煩悩な父親に支えられて成長する娘が淡々と描かれており、これで終わるはずもないんだろうけれど、もうこれで終わりでもいいやん。
と考えてしまうほど、微笑ましい。

犯人は身近なところにいて正しくそれは
灯台下暗し

目を覆いたくなるほどの拷問の数々。

例えば
下腹部あたりにナイフか何かで傷をつけ
その傷跡に焔を近づけ止血。
だがそこにはかなりの痛みが生じる。
もう想像するだけで、お腹がいっぱい。
もう許してやれよ…

という気持ちになるも
少しずつ、より苦痛を味わうように、そして気絶してもすぐ復活させ、拷問開始。

この主人公、留まることを知らないで突き進む…と思いましたが、こうなってしまうのも仕方がなかったともいうこともあるわけです。

というのも、娘のことを殺されてしまった後も夢に出てくるくらい溺愛していた。
ということも考えてみると主人公のあの残虐極まりない行為は一理あるという風に感じる。
もちろん、愛していたし、それで殺されたので拷問したとか言うと
そんな理由で?
と聞かれてしまいそうなのだが、実際のところそれで殺してしまう一歩手前迄突き進む人もいるのではないかとも考えてみる。

目には目を歯には歯を
という言葉はこれのことを表している。


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