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※追記あり 大学一回生のとき、私は親鸞学徒でありました。


私は1回生のときに、ひょんなことにより大学から少し離れたアパートの一室で親鸞会の講師により色々と教えを学ぶ立場にあったのだが、今回はその親鸞会での日々をここに書き綴りたいと思う。

出会い

出会いは正直なところ僕の無垢な心が生み出した結果なのですが
人生の目的ってなんですか?
っていうところから始まって
大学に来た意味とかそもそもなんで生きてるのか?
とかそういうことを聞かれて、何だそういう世界もあるんだという安心感や歓迎されていることからそこに聴聞する様になった。

親鸞聖人の一生を描いたビデオを見せられたり、その時期からひたすらに親鸞聖人そして、釈迦如来の知識について学び、それをプレゼンや実際に先輩がプレゼンをしているのを見て学ぶ時間もあったりもしました。

その辺の時期からかな、なぜか部屋の中に仏壇があってそれに向かって正信偈を読経していたのは

そんなこんなで色々とあった一回生の夏、合宿に行くように誘われる。

行った合宿では
兼六園やら二十一世紀美術館やらを見て回ったりで街の風情を楽しめて結構楽しかった。
だが、2日目あたりから何やら様子がおかしくなる。
なんと電車で移動して射水市というところに移動した。

いやいや聞いてへんし!
射水市って何ぞ!?こんな場所に来るくらいならもう帰りたいのですが…

富山県射水市にある本部へと我々は向かった。
その本部が射水市にあるとも知らず、しかもサークルの内容がオールラウンド系のサークルと聞いていた私は

えっ?

と思わざるを得ない状況になった。

というのは
何だこのサークルは?
と思わざるを得ない状況に差し掛かった状況になったからである。
それは二千畳と言われる、言わばそこに信徒が駆けつけてきて聴聞する様な場があったのだ。
それはそれは広いですよ。
ましては、当時大学一回生だ。
世間の広さなんてあんまり微塵にも感じていない。
そんな時、二千畳もの広さを誇る本部を見た時の気持ちは清々しさというより他にはない具合である。

脱会

私が脱会するまでのことを述べると
何で脱会するに至ったのか、それは

ただ単に面倒くさいから。 

私はそれほど信仰も厚くないし、そもそも親鸞って鎌倉時代に生まれて…とかそういう基礎知識しか知らない私から言うと

誰?

というより他にはないくらいの人物である。
そんな誰?という人物について学ぶのは些か興味はあったものの、そこまで信徒になってまで学ぶことか?とか、そう思い結局のところいかなくなった。


LINEとかも交換していたのでブロック、友達から削除して
拘わるのは真っ平御免という具合に縁を切った。
だが、脱会する以前の私の大学内での生活を見ていたのであろうか
学内の図書館にいるときに発見され、また再び行くことになりまして。

結局それも長くは続かず

サークルとは何かね?
ということにもなって

また行かなくなり、そのまま

今に至る。


結局、その後
私は何のサークルにも所属しなかった。

なんだか
四畳半神話体系みたいになってきているが

しかし私はすでに気付いていた。ほんの些細な決断の違いで私の運命は変わる。無数の私が生まれる。

これは正直自殺 (正論?何せ酔うている状態の時に書き綴ったものだからハチャメチャな文を書いているかと思いますが…)だと思う。

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