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お経を聞いてみて

最近,個人的なブームに挙げられるのがお経を聞くことでありましてですね。

特に私が聞いているのは


真言密教のお経

般若理趣経だ。


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般若波羅蜜多理趣百五十頌が正式な名前であるが,大楽金剛不空真実三摩耶経もよく知られている。

というより,お経の中でも聞きますがな・・・


これを聞いてみて,落ち着くっていうか,勿論落ち着く曲というのは色々私自身も持っているわけで

例えば,ショパンの別れの曲



例えば,ペールギュント組曲の朝



ショパン ワルツ第10番



ユーモレスク第7番




挙げればきりがない程であるが,お経はそのどれでもない,それこそ功徳の一種なんだろうか,なんにせよ聞いていて心地良いと私自身は思っている。


その中でも気になった部分がありまして,知る人ぞ知る内容にはなっているんだけど。

そこでは,仏教が否定的に見てきた欲を大々的に認めようということが書かれてある。



この本では


この世にある,どんなものでも,どんなできごとでも,汚いことは何ひとつない。すべては清らかである。


と来てさらに


ここに男と女が交わって,その快感が絶頂に達し,失神するようなエクスタシーの境地になったとしても,その気持ちはとても清らかなものである。 その境地は,菩薩の位である。


とある。


これは誤解されやすい,というより実際,立川流という宗派が生まれ邪教として取り扱ったらしい。まあこの辺はwikipediaに詳しいので,譲るとしまして。

真偽は怪しいのだけれど



またこうも書かれてある


理趣とは真理に趣くことです。また,大楽とは大いなる楽しみです。大いなる楽しみは極楽のことであり,理趣経はこの世を極楽にするお経です。

とあり,どうすれば小欲から大欲に変わるのか。とか大楽と小楽の違いとは何かについては気になるんだけども,難しいお経なので私が一読したくらいで理解ができるはずがない。





あ~灼眼のシャナを読んでみたい。

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